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guranotime

趣味全開

はじめて一人で日本を出た日


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いまヘルシンキに向かう飛行機の中で、これを書いている。
 
思えば一人で海外行きの飛行機に乗るのも、ずいぶん上手になった。最初はすごくキツかったけど。
留学が始まってから9ヶ月、激安LCCを駆使してヨーロッパ中を回ってきたおかげで、飛行機に乗ること自体に慣れたし、超絶美人スチュワーデス様にコーラを頼むのも今では朝飯前だ。ずいぶん大人になった。飲む物自体は子供だけど。
 
一番最初に行った海外は、北米だった。家族と祖母と、ツアーコンダクターの叔父。僕は4才。やたらと美味しかったラズベリージャムのサンドイッチ以外、あんまり覚えてない。
次に行ったのはオセアニアに浮かぶ楽園・フィジー。小学二年生だった。星がきれいだったのと、現地の人が直接かち割って渡してくれたココナッツを飲んだこと以外、あんまり覚えてない。
覚えてなさすぎて切ない。海外旅行に物心ついて間もない子供を連れてくのはオススメではない。忘れるので。
 
大学生になった。中高はすっ飛ばした。ずっと部活部活だったし、親も仕事が忙しく機会がなかった。
大学生になれば、バイトも始めるし、金銭的に余裕も出てくる。留学が必修の大学なので、いずれは日本を出ないといけないけれど、一年生のうちに練習も兼ねて海外旅行をしようと思った。
 
そして、二年生になった。あれ?
気づいたら二年生になってた。はやかった。結局夏休みも冬休みも、海外旅行のカの字も出なかった。一瞬だった。
そうして二年生の夏休みになった。もう時間がない。海外留学の始まりである。
 
TOEFL64点という微妙なスコアを引っさげての、初ひとり海外。そして初ひとり飛行機だった。ドキドキ。
 
とても嬉しいことに、出発の日は成田空港まで友人二人が見送りに来てくれた。
しばらく食べれない最後の日本食はうどんだった。うどんは神だ。夕日に包まれる屋上ロビーで、三人で飛行機の離着陸を眺めた。夏の終わりだった。
 
荷物を預けて、チケットをもらった。ネット環境がなかったから、友達にだいぶ助けてもらった。成田空港だから、日本語だったのに、緊張した。この先はすべて英語だ。もう色々と思いやられる。
航空会社はエティハド航空。このチケットで成田→UAEアブダビ→ドイツ・デュッセルドルフまで行く。そこからさらに乗り換える、30時間という長旅だった。安かったけど。今思えば、うかつだった。20時間以上は正直無理がある。
 
荷物検査の所で、友達とはお別れ。正直、寂しさや不安から、少し泣きそうになった。20才の夏。お茶を買おうと思ったら、250円とかして泣きそうになった。20才の夏。何だよこれ。ディズニーかよ。
 
あんまり覚えてないけど、搭乗はスムーズにできた。ビジネスクラスの座席を素通りしてから、エコノミークラスの席へ向かう。貧富の差がすごい。切ない。
外国人もたくさんいてドキドキした。添乗員はほとんど外国人だった。ハラハラした。自分の英語力に。
二人席だったが、隣は日本人の大学生風の青年。メガネをかけた川谷絵音風だった。
 
時期も時期だし、どう考えても留学だろうと予想した僕は、声をかけるタイミングを伺った。
 
2時間くらい経った。
いつもこうだ。話しかけようと思ってタイミングを伺えば伺うほど、話しかけづらくなってしまう。人見知りあるある。やめたい。
いやしかし、留学で最も大切なのは積極性だとネットで読んだ。行くしかない。
 
「あの、りゅ、留学ですか?」
「え、あ、はい」
 
何だこいつ急に?感はあったが、すんなり会話できた。彼はベラルーシミンスクに、ロシア語留学するらしい。
 
彼とは大学の話や、英語ヤバイ話などを少しした。夜発便だったので、しばらくして寝た。
 
機内食は普通だった。少し量が多かった。
飛行時間があまりにも長かったので、ミンスクの彼とずっと話していたわけではなく、ディズニーの映画を見たり、狭い席の中でベストポジションを確立するためモゾモゾしたりした。無駄だった。狭かった。
 
アブダビ空港についた。ここでミンス君と別れた。表示が急に英語になった。中東の香辛料のニオイがした。
 
ここでエアベルリン・デュッセルドルフ行きを待つ。待合所は、商業施設から少し離れた、地下のような場所だった。朝5時頃だったので、ほとんど人がいなかった。
 
「Hey」
 
唐突に外国人男性が話しかけてきた。
ビクゥッとした。変な汗もジワァッと出た。
 
「Show me your passport」
と、言われた気がした。定かではない。正直ごめん、先入観とかあって。盗む気か。盗む気なのか。と疑ってしまった。普通はこんなラフな格好をした人がパスポートの提示を求めることはない。身長を見た。高い。戦っても勝てないと判断した。とりあえず荷物をまとめて、「sorry」といってその場を立ち去った。
 
「oh..」
彼は悲しそうな声を出した。やっぱり聞き間違いだった気がした。それなら外国人であるという風貌だけで避けてしまって申し訳ない。でも、ごめん、初ひとり海外だから、リスクは避けたかったんだ。
 
その後も、wifiの使い方教えてだの、列並んでるの?だの、やたらと色んな人から話しかけられた。その度、ビクッとしながら稚拙な英語で対応した。まあ簡単なフレーズだけだったので、そんなに悪くなかったけど、やっぱり先が思いやられた。
 
飛行機は、到着が遅れた。
さすが外国だぜ、なんて思ったりしたけど、初心者には辛い。不安になる。やめて頂きたい。最初のパスポート見せて疑惑おじさんの件もあって、はやくこの空港を出たかった。
 
出た。外は死ぬほど暑かった。
 
アブダビデュッセルドルフの飛行機は、運転主が下手だった。
すみません。飛行機の運転がいかに難しいかは、自動車免許すら持ってない僕のようなカスには分からないけど、でも上下に激しく動かれると、気持ち悪い。ヒューンってなる、内臓が。今はもう慣れたけど。機体の大きさや天気にも因るんだろうなとは思う。
 
あと、6時間くらいはフライト時間があったはずだったが、隣の女性が一度もトイレに行かなかったのに感心した。ふむ、コーカソイドの膀胱はいったいどうなってんだ、とか思ってたけど、人によるね。
 
ちょうどISISがイラクでドンパチやりはじめた時期だったので、大きく迂回して飛行しているのも印象的だった。あれから9ヶ月経ったけど状況は好転していない模様。
 
デュッセルドルフについた。ここで初めてEU圏内に入ったので、入国審査がある。気の強そうなお姉さんが審査官だった。
留学が目的で来ましたという趣旨を伝え、パスポートを見せた。お姉さん、全くの無表情。氷のようだった。怖かった。もっと笑った方が、お綺麗だと思うの。
 
それから、そろそろ最後にシャワーを浴びてから24時間以上が経とうとしていて、とてもキツかった。今後は多少高くても、30時間以上のフライトに乗るのはやめようと誓った。
 
ここでもそれなりに待ち時間があった。もうずっと暇の連続だったが、更にあり得ないくらい暇だった。
ここで初めて買い物をした。水。レジの人には、こんにちはと、ありがとうを言わなければならないと知った。ここは、日本の方が冷たい。けど、日本のあの袋に詰めてくれる感じとか、お辞儀の回数は諸国の比ではない。そりゃあ礼儀正しいと思われるわけだ。
 
最終目的地ザルツブルク行きの飛行機に乗った。2人・廊下・2人の、小型機だった。僕ともう一人インド人(離陸後に少し話した)以外、全員ヨーロッパ人だった。急に僕の「異質な外国人」感が高まった。
 
すぐ着いた。夜だった。
空港の建物に入って荷物を受け取ったあと、出口に向かった。
出口は、2つあった。
一つには「Nothing to declare」と書いてあった。意味がわからなかった。もう一つは忘れた。
意味がわからないので、係のオジサンに聞いてみることにした。ところが何と聞けばいいのか分からなかった。
 
「well.. what is nothing to declare?」
「ペラペラ」
 
なんとも。一切聞き取れなかった。
日本人はこっちで大丈夫という結論を聞き出すのに数分を要した。
 
「君、英語喋れないの?」
「へぇ」
「ドイツ語も?」
「無理です」
「…がんばれ」
 
切なくなった。
 
何はともあれ。ついた。
 
最初の感想。
 
とても。
臭かった。
 
牧場と馬糞の臭いだった。衝撃だった。
ザルツブルクアルプス山脈の麓にある小さな街。アルプスの少女ハイジが駆けまわるあの野原は、全部結構臭いのだ。
 
周りは山ばかりだった。世界イチの大都市・東京から、オーストリア・人口10万人の牧場臭い地方都市。新天地すぎる。
 
その臭いの中、荷物を引きずってホテルに向かった。チェックインはスムーズだった。少しだけ英語の自信を取り戻した。
 
飛行機でもらったポテトチップスを食べて、すぐ寝た。
 
初めて一人で日本を出た日は、こんな感じだった。
 
改めて書いてみると何ともキツイ体験だったし、それに比べると今、本当に成長したものだ。
英語は相変わらずゆっくりしか喋れないけど、少なくとも旅行中にはほとんど困らない。むしろ旅先で友達ができたレベル。留学先の大学でも、多くはないけどしっかりお話できる友達ができた。英語は好きじゃないけど、素晴らしい言葉だと思う。
旅行自体も回数を踏むことで、どんどん上手くなった。予約も、LCC特有の朝早すぎ便も乗れるようになったし、最初はキツかったけど、そういう一つ一つの経験が今に生きていると、実感する。キツイことは、乗り越えていくべきだ。
 
何よりも、いまこの記事(文字)を全部スマホで書いたのがすっごくキツイ。腱鞘炎になりそう。なので今日はこれで。